食の観点から日本の多様性を思う①

株式会社ヒキダシのCEO、岡田慶子(田口慶子)です。

先のエントリーでの紫乃さんから私への投げかけを受けて
今回私は「食の観点から多様性を思う」と題して書いてみます。

休暇中の紫乃さんが訪問している、ドイツでの旧知のご家庭のお嬢さんが

家族でひとりヴィーガン(乳製品も食べないベジタリアン)とのこと。

私も近似としてそうです。

25年以上、ベジタリアン(乳製品は少し摂るのでヴィーガンではない)の生活をしています。


実家のある名古屋から単身で上京し

シングルの時に思うところあって、1年くらいの間にベジタリアンに移行。

両親、家族は、帰省ごとに「家族で同じものを食べない」

「同じものを食べられない」ことを、私にツッコんだりはしたものの

成人した私にそれをやめさせるなどの強制をすることはなく

意思を尊重してくれました。


ついぞ5年ほどたった時には、父から

「周囲からいろいろ言われても続けられる、その意志は見上げたものだ」と

褒められた?のか、諦められたのか?言われたことを思い出します。


でも当時は、周囲の本当に近い人にしか

私がベジタリアンであることは公表していませんでした。



なぜか?

ベジタリアンという言葉が、当時は周知のものでなく

また、ベジタリアンである人が日本では少なくて

対応してくれる飲食店などほとんどない時代。


私のカミングアウトへの反応が

驚き、物珍しさ、意味不明、残念など

ポジティブというよりもネガティブに寄っていたから。

そして、そう思われることが私自身、嫌だったから。


「変わってる」「みんな食べてるのに食べないなんて」

「普通じゃないよね」「体に悪いんじゃない?」


こういうことをいう人の真意は

今でもわからないところがあるけれど

自分でよかれと思い、信じて「こうしよう!」と思っていることに

いろいろ言われること、一番は【別もの扱い】されるのが

とてもイヤだったから。

これはある意味、今でも残る気持ちだけど。



100歩譲って、変人扱いされることは受け入れられても

辛いというか、残念すぎて泣きたくなるのは

「もう付き合えないね」

「じゃあ、もう一緒にご飯を食べには行けないね」

などと言われること。


確かに食事は、空腹を満たすだけのものではなく

同じものを一緒に食べることに意味がある、ということを理解はするけれど

一緒に食べる、同じ時間を共有することに価値を置く私には

ちょっと悲しい反応。


だから、ベジタリアンであることは言わずにいた、15年以上。

外食も多くあったけれど

お店のアレンジをかって出ることで、食べられるメニューのあるお店を選び

取り分けに注意し、ほとんど気づかれずにクリアし続けました。


ちょっと長くなるので、この続きはまた次に。

ここでベジタリアンについて、少し補足しておきますね。

名称から野菜「だけ」を食べていると思われがちで

極端な人だとサラダだけ食べているイメージを持つ人もいます。

もちろんサラダは好きですが、野菜の煮もの、炒めもの、揚げもの

蒸し物に、グラタンなどの焼きものなど

いろんな調理法のものを食べます。


はっぱ類だけでなく、根菜、キノコ類の野菜たち

豆だけでなく、お豆腐や揚げや納豆など、豆製品

小麦粉を使ったうどんやお蕎麦や、パスタなどの麺類

玄米、白米、麦、きび、ひえ、あわなどの穀類

海藻類や果物など。

出汁は椎茸、昆布やその他の干物から。

チーズ、牛乳、卵などを少し。


そうそう、スイーツやカフェイン

ケーキセットや、おまんじゅうなどもモリモリ食べます。


「ベジタリアンだと痩せる?」と女性から聞かれることがありますが

これを見てわかるように、痩せるような内容ではないです。

「カラダのどこが変わった?」ともよく聞かれますが

もともとアレルギーがあったとか

すんごい肥満だったなどの問題や課題があったわけでなく

二つのカラダを持っているわけではないので

ベジタリアンである今の私と

もしかしてベジタリアンでなかったとした時の私の差

表現することはできません。ゴメンナサイ!


紫乃さん:書き出したら長くなりそうだから2回にしたわー(笑)




株式会社ヒキダシ 代表取締役のブログ

個人と企業の潜在力を心底信じて引き出して、社会と有機的に繋ぐためにそっと背中を押す 「株式会社ヒキダシ」の代表取締役CEO岡田慶子とCOO木下紫乃が綴るブログ。

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