企業での永久欠番なんて、ない


既に薄々、いや、はなからわかっているかもしれないが

このブログは、書きたいことを先に決め

ストーリーのプロットを基に書いてない。


考えながらタイプし

タイプしながら考えて、書いている。


この「居場所」については

日々考えていることなのに

いや、考えているからこそ?

落としどころに迷ってオチに辿り着けない

CEOの岡田慶子です。




一昨日、自分の居場所について書き始め


今の組織に居場所はあるのか、ないのか。
 

この居心地よい、
自分の心の拠り所ともなる「居場所」は 
 どうしたら手に入れられるのか。


という問いを立てながら


昨日、50歳以上は、会社にとってコストを下げたい対象でしかないといわれていることについて

ある意味、そりゃないだろ、ないよねぇと書いた。


おまえだけだよ、って

忠誠尽くしてきたというのに
自分の 居場所は幻、見せかけだったのか。 
 会社の中での居場所は、もうないのか、と。




ここで思うことは

居場所は不動ではないということだ。

永久欠番なんて

古くは読売ジャイアンツの長嶋さんや王さん。

新しいところで広島カープの黒田さん。

もう、すんごい人くらいにならないと
そこ、ずっといていいです、なんてならない。

この番号は将来にわたって

「あなただけ」とならない。




そもそも、自分自身が不動ではない。

環境に応じて、適応するために力を付け、尽くして

その場、またはそれ以上の場(居場所)を確保していくことはできるし

逆に、日々に流され、人に流され、気づけば

場(居場所)から、離されることもあるわけで。



もともとは、たいていの場合
互いに求めあって結婚し
生活がスタートしているはず。


夫になって、妻になって
時に父になり、母になり
何がどう変化して
居場所が変化して言ったか、だ。



場は、そこに適した人を求め

人はその場に適したように振る舞い、努め

場を手に入れる。

それがその人の居場所だ。

意識の有無に関わらず。



今いる場(居場所)は

自分が心地よいと思っている時

組織もそれが心地よい(妥当)と思っているかはわからない。

しかし「今ここ」にいるなら互いに許容範囲内だ。



とはいえ、それは自分の気持ちの変化

相手(企業)の都合で変化する。

先のことはわからない。





今の組織に居場所はあるのか、ないのか。

⇒追い出されているわけでなければ、ある。

 自分の納得の度合いはさておき、今のここが居場所だ。将来は未定。

 

この居心地よい、自分の心の拠り所ともなる「居場所」は 

 どうしたら手に入れられるのか。

⇒その場にふさわしい自分であれば確保できる、はず。

 ただし、その場に求められることは

 社会や企業の状況で変化するはず。


おまえだけだよ、って忠誠尽くしてきたというのに

自分の 居場所は幻、見せかけだったのか。 

 会社の中での居場所は、もうないのか。

⇒自分の居場所は幻ではないし、見せかけでもない。

 そのときは必要とされた。

 いてほしいと望まれた。

 でも今は、社会や企業の状況変化で

 必ずしもいてもらわなくてもいい

 いや、むしろ、いてもらいたくない、というのもあるということ。





だから、その場(居場所)が欲しければ

その場に合う振る舞いが必要だ。



でも、知っている。

40歳だから、50歳だから

年齢が満たないから、前にうまくいかなかったから

子どもがいるから、共働きだからなど

本人の意向や能力ではない理由で

そういうことをさせない組織があるということ。



そこは、見極めねばならない。

やりようがあるのか、努力が報われる組織なのかどうか。

居場所という「椅子取りゲーム」への参加資格があるのかどうか。


なかったらどうするか。

それはそれで考えねばならない。



椅子は勧められ、与えられるものではなくて
自ら探し、受け取るものでもある。



続く







株式会社ヒキダシ 代表取締役のブログ

個人と企業の潜在力を心底信じて引き出して、社会と有機的に繋ぐためにそっと背中を押す 「株式会社ヒキダシ」の代表取締役CEO岡田慶子とCOO木下紫乃が綴るブログ。

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